名大ウォッチ

新聞社で長く科学報道に携わってきたジャーナリストが、学内を歩きながら、
大学の今を自由な立場で綴っていきます。

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2017年01月23日

はじめまして

 科学記者として長年仕事をした新聞社を離れ、昨年10月に名古屋大学に参りました。国際機構国際連携企画センターという組織に所属し、アジアを中心とした国際協力に関わるというのが第一のミッションですが、もう一つ、大学という場をじっくり定点観測し、その実情を外部に伝えていくのも重要な仕事になります。

 これまでの科学記者としての仕事の少なからぬ部分は、そのときどきのテーマごとに、あちこちの大学の研究者を訪ね歩いて話を聞くことでした。今度は逆に、一つの大学に身を置き、そこで起きているさまざまなことを見ていくことになります。研究も教育も、そして、これまで主に見てきた理工系だけでなく人文社会系も含めて丸ごと、と思っています。
 取材に行く場合は、取材先に直行してそのまま帰る場合が多く、キャンパスのあちこちを歩く余裕はあまりありませんでした。名大のノーベル賞関連の展示室も、これまでは時間がなかったり閉館時間だったりしてタイミングが合わなかったのですが、今回やっと訪ねることができました。

 そうやってキャンパス内を歩きながら、頭に浮かんだことがあります。実は、私が大学という知的環境の奥深さを実感したのは、恥ずかしながら記者として大学を訪ね歩き始めてからのことでした。取材対象の科学関係だけをみても、付属の研究所も含めてキャンパスのあちこちで実に興味深い研究が行われていました。面白い研究者もたくさんいました。母校を訪ねた際も、これが私の卒業した同じ大学なのか、と思ったほどです。積極的に学ぶ姿勢が欠けていたことを反省しつつ、同時に「それならそうと教えてくれてもよかったのに」などと勝手なことを思ったりもしました。いずれにせよ、後悔先にたたず。ある大学での新入生を対象にした教養教育に関する講演で、大学の知的環境をフルに活用してほしいと言ったのも、こんな経験からでした。
 以来、私にとって大学とは、訪ねるたびに何らかの発見がある、わくわくする場所であり続けています。そして、名大にやってきて3ヶ月余り、「こんなこと、知らなかったなあ」の連続です。私のこれまでの活動の拠点が主に東京だったこともむろんあるでしょう。大学で起きていることは、もっともっと社会に知られる必要があると改めて感じています。

 着任して早々に驚いたのが、名大が力を入れている海外、とりわけアジア諸国との研究、教育面での協力です。その実際を知るべく、ウズベキスタンへ、次いで、ベトナムとカンボジアへの名大ミッションに同行しました。科学関係の海外取材では欧米が中心でしたので、こうした国々は初めてでした。詳細はいずれ報告したいと思いますが、一言でいうと、こうしたところにも大学の大きな役割があるのだと再認識したのです。ウズベキスタンは、安倍首相が2年前に訪問した際に約束した、現地の工科大学にイノベーションセンターを作る計画のための打ち合わせ、ベトナム、カンボジアは、自国にいながら博士課程に入学する学生のための入学式です。カンボジアではさらに、名大総長が出席して、日本・カンボジア学長会議も開かれました。カンボジア側の代表は、名大で博士号を取得したプノンペン王立大学の学長でした。ちなみに、ベトナムでは、若き法務大臣がやはり名大の博士です。ベトナムでの滞在はわずか数時間、多忙な大臣に会えるかどうかは直前まで不確定でしたが、なんとか実現して歓待され、出身大学との絆の強さを感じさせられました。
ウズベキスタンの大学訪問

 これらのミッションに参加していたのは法学部、農学部、工学部などの教員です。はるばる現地まで出かけて指導するのは、さぞ負担も大きいのではと感じましたが、本拠地での研究、教育をこなしつつ海外にも行ける、それだけの実力と意欲を兼ね備えた先生方だということでした。
 プノンペンでは、国際協力機構(JICA)の駐在員の次のような言葉が印象に残っています。「途上国への援助はいずれ終わり、JICAも出て行くときがくる。その後に何が残せるのか。道路なのか、橋なのか。私自身は、人材を残すこと、その意味で大学の先生たちの役割は大きいと思っている」。確かに、人を育てることは、大学にしかできません。名大出身のOBたちが各国で要職についているのをみれば、時間と手間をかけてきたその成果は着実に上がっているということでしょう。プノンペンでは、日本に留学したOB・OGたちが同窓会を開いて日本からの大学関係者を歓迎してくれました。日本への留学先では名大が最も多いということでした。
ベトナム司法大臣表敬訪問

 そんなひとときは、ほっとくつろげる時間ですが、式典のあいまに視察あり、交渉あり、集中講義あり、ワークショップあり、いやはや、先生方は大変だと実感させられた旅でした。
カンボジアサテライト入学式

カンボジア学長会議

 こうした経験も含めて、いろいろと興味深いことに遭遇しています。「a kid in a candy store」という英語の言い回しがあります。ちょっと大げさにいえば、「あれもこれもと目を輝かせる子供」といったところでしょうか。
 もっとも、大学が置かれた昨今の厳しい状況を考えれば、何を寝ぼけたのんきなことを言っているんだといわれそうです。ある国立大学の旧知の教授からは、「学生だった頃の大学とは大きく変わっているかもしれませんね」としつつ、「今の大学をぜひジャーナリストの目でしっかり見てください」と激励の言葉が届きました。

 これから、大学で起きているさまざまなことを、外からやってきたジャーナリストの目で書いていきたいと思っています。むろん、大学からの発信はいろいろな形で行われています。とりわけ名大のような研究大学は、ノーベル賞はもちろん、さまざまな研究成果が報道されていることも事実です。それでも、全体としては大学が社会に見えているとはいえません。そもそも、総合大学であれば、その活動はきわめて多岐にわたり、伝えきれるものではないということもあります。でも、大学で起きていることを社会に伝えることは、大学の将来にかかわる議論が盛んに行われている今、これまで以上に大切でしょう。そのためにささやかなりとも貢献できたらと思っています。
 大学では当たり前と思われていることに、驚いたり、あるいは面白いと思ったりすることもしばしばでしょう。記者時代に読者の代表として取材し、書いてきたのと基本的に同じ姿勢でと思っています。
 外部からの視点で自由に書く。これが、私がいわれていることのすべてです。「自由闊達」を掲げ、校門というものもなくて文字通り開かれている名大ならでは、でしょうか。

 ともあれ、何十年という時を経て、大学のキャンパスに再び戻ってきました。せっかくの環境の中でも、残念ながら、知識を貪欲に吸収して伸びていく、そんな若者ではもうありませんが、記者として培った野次馬精神で、何でもみてやろうという心意気です。どうぞよろしくお願い致します。

著者

辻 篤子(つじ あつこ)

1976年東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業。79年朝日新聞社入社、科学部、アエラ発行室、アメリカ総局などで科学を中心とした報道に携わり、2004〜13年、論説委員として科学技術や医療分野の社説を担当。11〜12年には書評委員も務めた。2016年10月から名古屋大学国際機構特任教授。

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