名大ウォッチ

新聞社で長く科学報道に携わってきたジャーナリストが、学内を歩きながら、
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 日本語による日本法教育を行っている名古屋大学日本法教育研究センター(Research and Education Center for Japanese Law 、略称CJL)が2006年秋にモンゴル国立大学に開設されて10年、それを記念する式典が今年3月、ウランバートルにある同大学で開かれた。参加して強い印象を受けたのは、学生たちの見事なスピーチだ。
 主催者である大学の責任者や来賓の挨拶はそれぞれ通訳がつく一方で、学生たちは短く区切りながらまずモンゴル語で、次いで日本語で話した。最初に登場したバトオルシフさんは4年生。「日本の法律とモンゴルの法律の両方を学ぶことで、批判しながら考える習慣が身についた」としたうえで、「自分が世界の中心だと思っていたが、決してそうではなく、自分の弱点を知って直すことを大切にするようになった」と述べた。やはり4年生のアムガランバータルさんも同様に「モンゴルの法制度を相対的に見る目を養うことができた」とし、現役の学生としてはもう一人、5年制のモンゴルの大学で最上級生に当たる5年生のガンフレルさんも「モンゴル法が正しいと思っていたが、必ずしもそうでないことを学んだ」と述べ、続いて日本文化に触れた経験などを語った。

モンゴル日本法教育研究センター開設10周年記念式典でスピーチする学生たち

 3人は、二つの国の法律を学ぶことで自らを相対化する視点を得たと口をそろえた。彼らのスピーチに耳を傾けながら思ったのは、自らを相対化できるようになることは、大学教育の大きな目的ではないか、ということだった。それを身につけ、そしてそのことを英語できちんとスピーチできる大学生は日本にどれだけいるだろうとも思わずにいられなかった。
 もっとも、彼らはモンゴルでトップクラスの学生であることは間違いない。モンゴル国立大学の法学部に所属し、そのカリキュラムをこなしながら、平行して日本語で日本法を学ぶ。普通の法学部の学生に比べて圧倒的な勉強量が求められる。実際、その厳しさに落伍していく学生も多い。現在の学生数は1年生が16人、2,3,4年生が9人、5年生が4人と、学年を経るにつれて減っていることからも厳しさがわかる。

モンゴルの日本法教育研究センターで学ぶ3年生は全員が女性だ

 それにしても、見事な日本語だ。カンボジアのセンターで授業を参観したときにも、壁に貼られたひらがなのポスターを見ながら、日本語で法律を語る目の前の学生たちは4年前にそこからスタートしたのかと、驚きを禁じ得なかったことを思い出した。「小さな法学部のでっかいアジア支援」の項で紹介したように、センターの学生は日本法の理解のために社会的な背景をも合わせて学び、それが日本語の上達にもつながってスピーチコンテストで日本語専攻の学生を抑えてトップになるなど好成績を収めている。そうした実績から日本語教育のあり方にも一石を投じているという。
 難しいといわれる日本語をどう教えているのか。日本語で日本法を教えるシステム作りに携わり、3月まで日本語の教育統括を務めていた宮島良子・特任講師に話を聞いた。今回は、日本語教育に焦点を当てて報告したい。

 宮島さんは2008年、カンボジアで新たにセンターを発足させる役割を担って現地に赴任した。すでにモンゴルなど3カ国で一足先にセンターが発足していたものの、日本語で日本法を教える初めての試みとあってまだ形は整っておらず、どこも試行錯誤の段階だった。
 長崎出身の宮島さんが名大に移ったきっかけは、日本語教師としてマレーシアに派遣されていたときに聞いた名大の村上京子教授(当時)の講演だった。村上さんはこう言った。「日本語の先生はものすごく勉強して講義の準備をするけれど、先生より学生が勉強することの方が大事では」。目から鱗だった。うまく教えることばかり考えていたなと我が身を振り返った。どうやれば、学生に興味を持って勉強に打ち込んでもらえるのか。研究に興味がわき、名大の大学院に進んだ。学ぶうち、一度しかない立ち上げにかかわれるのは面白そうとセンターに転じた。
 求められたのは、法学ができる日本語力を4年ないし5年で身につけること。日本語を学んでから使うには時間がない。使いながら学んでいくしかない。「現場を知り、関係者を巻き込み、アイデアを具現化する」というデザイン思考のアプローチで試行錯誤を重ねた。

 そうして作り上げた教育計画は結果的に、「内容言語統合型学習(Content and Language Integrated Learning、略称CLIL)」と呼ばれる語学の学習法の考え方に沿ったものだった。何とも堅苦しい用語だが、要はその名の通り、言語と中身を同時に教えること、まさにCJLそのものである。「クリル」と通称されるこの学習法で重要なのは4つのC、つまりContent(内容)、Communication(言語)、 Cognition(認知・思考)、 Community(協学)である。宮島さんの言葉によれば、単に話せればいい、書ければいい、ではなく、論理的に相手を納得させるまでの能力を身につけるということだ。
 「クリルは古くて新しい。日本が西洋から学ぶとき、たとえば医学を学ぶときにはドイツ語など、中身を知るために必死で言語を学んできたのだと思います」と宮島さんはいう。

 CJLでの教育はどういうものか。簡単に紹介すると、まず1年生は日本語に集中する。主専攻で日本語を学んでいる学生と同じかそれ以上の学習量になるので、この段階でかなりの脱落者が出る。本当のコミュニケーションのための練習をめざし、たとえば、自己紹介を書かせてホームページに載せる。それがプレッシャーとなって学生たちはがんばる。日本から法学の先生が来たら、自国の紹介を日本語でさせる。ありとあらゆる機会を学習の場ととらえるのだという。
 2年生の前半で、日本社会について学び始める。たとえば労働でも教育でも、必ず法律の要素を絡ませて教えるのが原則だ。後半には、日本史や公民を学ぶが、重視されるのは、年号を覚えることではなく、社会変化に応じてルールがどう変わり、それが今の法にどうつながっているか、法律が社会にどう影響しているかを大きな流れの中で理解することだ。
 3年生になると、本格的な法学の教育が始まり、それを理解するための日本語教育に移行する。ここでも、出てきたテーマでディベートしたり、論文を書いたり、あるいは日本人の法学講師に自国の法律を日本語で伝えさせたり。3年めともなれば、言葉が1対1で対応していないことなどの理解も深まり、法概念の違いにも気づいて、自ら学習し始める。似たようなことを、繰り返しさまざまな形で学ぶことで高めていく、というのが基本だ。4年生では、民法などを学ぶ。
 学生はとにかく、忙しい。「学生たちは本当によくやっている、頭が下がります」と宮島さんは目を細める。

日本語教育統括としてシステム作りを進めてきた宮島良子特任講師(4月から名古屋経済大学准教授)

 宮島さんがこうした経験を論文にまとめて発表し始めたのは、この一年ほどだ。教育の最前線にたっていると、目の前の学生に精一杯になるが、統括の立場になって少し余裕がでてきたこともある。すると、あちこちから反響があり、研究会に呼ばれたり、学会などで出会った人に声をかけられたりするようになった。

 背景には、クリルの考え方が注目されてきたことがある。上智大学は英語教育に全面的にクリルを取り入れる方針を決め、それができることを教員採用の条件にするなど、外国語教育の場で広がりつつあった。しかし、日本語教育に全面的に取り入れた例はなかった。最近では、大阪大学など、日本語教育にクリルの考え方を取り入れようという動きが出始めているそうだ。
 「振り返れば、先進的なことをやってきたことになります」と宮島さんはいう。
 クリルの考え方を語学教育に取り入れている欧州諸国では、すべての教科は言語教育であり、語学教師も何らかの専門家であるという考えが基本になっており、二つの専門を持った教師も多くいる。言語はそれだけで存在するのではなく、伝えたいことがあっての言語であり、内容とともに教えてこそ、ということだろう。

 日本にとって、海外で、あるいは国内で、日本語教育の重要性はいうまでもない。質と量の両面で、飛躍的な改善が必要だ。中身を伴った日本語をきちんと身につけることで、海外からの人材の活躍の場は大きく広がる。彼ら自身の自己実現につながるとともに、人口減少時代を迎えた日本にとって、大きな戦力にもなってくれるはずだ。
 これまでは日本語教師が日本語教育を教室に閉じ込めていた面もあった。社会とつながる日本語教育へ、クリルの考えにも沿った新しい日本語教育へ、という流れになってきているという。
 宮島さんは4月から名古屋経済大学の准教授に転じ、さらに日本語教育の質の向上に取り組む。名大での経験を生かして、大いに活躍してほしいと思う。

著者

辻 篤子(つじ あつこ)

1976年東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業。79年朝日新聞社入社、科学部、アエラ発行室、アメリカ総局などで科学を中心とした報道に携わり、2004〜13年、論説委員として科学技術や医療分野の社説を担当。11〜12年には書評委員も務めた。2016年10月から名古屋大学国際機構特任教授。

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