名大ウォッチ

新聞社で長く科学報道に携わってきたジャーナリストが、学内を歩きながら、
大学の今を自由な立場で綴っていきます。

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 5月末のある日、理学部の坂田・平田ホールを高校生たちが埋めた。アジアの高校生を招いて交流する科学技術振興機構の「さくらサイエンスプラン」で来日したインド、ネパール、ブータンの高校生約90人、そして名大教育学部附属高校の1年生約120人である。アジアの高校生たちは約1週間の滞在中、ノーベル賞受賞者の講演を聴いたり、大学を訪ねたり、また日本の高校生たちと交流したり、日本文化の体験をしたりする。盛りだくさんのプログラムで、日本の科学技術への関心を高めてもらうのがねらいだ。

 ホールでは、益川敏英・特別教授が杉山直・理学部長を聞き役に、子供のころの思い出から、見るもの聞くものすべてが面白く、仲間といつも議論していたという大学生活を振り返り、あこがれとロマンを持ってまず歩きだそう、と語りかけた。ときに笑いに包まれながら、高校生たちは熱心に聞き入っていた。その後、高校生たちはグループに分かれてお弁当を食べながら交流し、キャンパス内の附属校に移動して、琴や生け花、茶道などの日本文化を体験した。参加した高校生たちにとっては、得がたい経験になったに違いない。 
 今回、ちょっと残念だったのは、アジアの高校生たちが名大の研究室を訪ねる機会がなかったことだ。次回はぜひ、益川先生が面白かったと語る名大の研究現場も実際に見てもらってほしい。名大を志す学生も出るのではないだろうか。
 実は、附属高には米国やモンゴルの高校と交流プログラムがあり、互いに生徒がホームステイをする。相手校からやってきた高校生は滞在中に名大を見学する機会があり、その中から名大への進学者も出ているという。さくらサイエンスプランでは毎年、約1000人の高校生たちが日本にやってくるそうだ。ノーベル賞受賞者の講演だけで終わらせてしまうのはなんとももったいない。

講演終了後、益川先生を囲んで記念撮影した

 内外問わず、感受性豊かな若者たちが未知の環境に触れてさまざまな経験をする重要性はいうまでもない。名大附属中・高等学校は、ノーベル賞受賞者の講演を歩いて聞きに行けるなど、名大の中にあるという好条件を生かし、ユニークな教育を行っているという。その一端を紹介してみたい。
 その特徴は、「大学と一体となったプログラムで自分探しをしよう」という同校が掲げるうたい文句の一つに集約されているかもしれない。国立大学附属の中高一貫校といえば進学校のイメージが強いが、受験指導より、一人ひとりの生徒が何をやりたいのか、学びたいのか、これからの進路を見つけるための教育を重視しているという。
 ここでいうプログラムは、文部科学省によって指定されたスーパーサイエンスハイスクール(SSH)とスーパーグローバルハイスクール(SGH)のもとで行われるものだ。こうしたプログラムは、たとえばSSHでは理数科など一部の生徒だけを対象とする高校がほとんどなのに対し、だれもが科学の素養が必要だという考えに立って、中学校も含めて全体で取り組んでいる。SGHも同様で、その中の総合人間科という科目では、「生き方を探る」「生命と環境」「国際理解と平和」をテーマに、自ら学んで考え、議論することを中高にわたって行う。うたい文句がいうように、両方のプログラムとも、名大教授の講義も多く、名大との結びつきが強い。 

 SSHとSGH、いわば理系と文系のプログラムがうまくかみあってもいるようだ。SSHの一環で、高校生が名大の1年生向けのゼミ形式のセミナーを受講しているが、当初、名大側にはメリットがないという声が出ていたそうだ。ところが、ふたを開けてみると、総合人間科で必ずしも正解のない問題を考える経験を積んだ高校生は、受験勉強に明け暮れて入学した大学生より面白い議論ができることも多い、という結果になったそうだ。
 職員のために名大内に設けられた保育園の園児たちが高校の家庭科の授業にやってきて保育実習の一環として遊ぶこともある。高校生にとっては、ふだんあまりなじみのない幼児と接することができ、園児にとってはいずれあんなふうになりたいと思うお兄さんやお姉さんでもある。「互いに学び合うんです」と高校の原順子・副校長はいう。確かに、大学という環境には、学びの機会がそこここにあることに気づかされる。

名古屋大学教育学部附属高校副校長・原順子先生

 一人ひとりの生徒の学びを大切にする。そんな教育の背景には、名大のレッスンスタディ(授業研究)として世界的に知られる研究の伝統があるという。授業研究のなかでも、どう教えるかより、一人ひとりの生徒がどう学んでいるのかを重視し、授業の詳細な記録を取ることによって授業の分析を行うものだ。
 こうした授業分析はもともと、戦後まもなく旧文部省で社会科という新しい科目作りに取り組み、後に名大教育学部教授に転じた重松鷹泰氏が始めた。先生という権威に頼るのでなく、実際に子供たちがどう学んでいるのか、授業でのやりとりを細かく記録することで客観的に評価しようという、いわば教育の民主化あるいは科学化をめざした研究だった。
 授業の観察記録を細かくつくる作業は非常に手間がかかる。「泥臭いけどアカデミック、それをしつこくやってきた」と柴田好章・教育学部教授はいう。その結果は抜きんでた成果として世界で認められており、今秋にはレッスンスタディの国際会議が名大で開かれることになっている。 

附属校に校門はなく、校舎手前に校名を記した石があるだけだ。左手後方に名大工学部の建物が見える。

 附属校は、全校生徒約600人、小さいけれど、名大同様「自由闊達」を旨とする、堂々たる弟、妹分である。6年にわたって校長を務めた経験をもつ植田健男・教育学部長によれば、めざすのは「まっとうな中等教育」だ。
 名大という場で互いに学び合って中学生や高校生が伸びていく。すばらしいことだと思う。附属校は文部科学省が指定した研究開発校でもあり、ここでの成果を広げていくことが求められている。中嶋哲彦校長は「これからは外に向かってもっと発信していきたい」と抱負を語る。一人ひとりの個性を大切にする、まっとうな中等教育のモデルが広がってほしいと思う。

著者

辻 篤子(つじ あつこ)

1976年東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業。79年朝日新聞社入社、科学部、アエラ発行室、アメリカ総局などで科学を中心とした報道に携わり、2004〜13年、論説委員として科学技術や医療分野の社説を担当。11〜12年には書評委員も務めた。2016年10月から名古屋大学国際機構特任教授。

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