名大ウォッチ

新聞社で長く科学報道に携わってきたジャーナリストが、学内を歩きながら、
大学の今を自由な立場で綴っていきます。

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 シルクロードの要衝の地であり、学問や文化の中心としても栄えたウズベキスタンの古都サマルカンド。ソウルで飛行機を乗り継いでタシケントまで約7時間、さらに車で約4時間、はるか彼方の中央アジアの町で、日本にあこがれる日本語専攻の学生たちに出会った。私たち名古屋大学の一行に対して彼らが口々に訴えたのは、日本人の先生から日本語を学びたい、ということだった。いったいどういうことなのか。そして、私たちにできることはあるのか。

 ウズベキスタンの首都タシケントには名大の事務所があり、アジアにおける拠点の一つとなっている。2年前に両国政府のトップがタシケント工科大学にイノベーションセンターを作る計画で合意し、名大はその実現に向けての幹事役を務めている。その関連で大学など関係機関を訪ね、研究者交流のための打ち合わせをすることが今回のミッションの大きな目的だった。
 日本語専攻の学生たちに会ったのはサマルカンド国立外国語大学だ。日本語コースの人気は高く、2000人弱の学部学生のうち、220人が日本語を学び、うち80人は第一外国語として学んでいるそうだ。1998年以来、ボランティアの日本人教師が教えに来ており、最近は国際協力機構(JICA)がボランティアを派遣してきたが、昨年3月で途絶えてしまい、現地の先生6人だけで教えているという。

 トゥフタシノフ学長は、日本の大学などとの協力も含め、日本語教育の現状と将来への希望について話し、とりわけ今必要なのは日本語を教えてくれる日本人の先生だとした。続いて学生たちも活動を紹介するプレゼンをし、ぜひ日本人の先生をと結んだ。
 なぜ、そんなに日本語の人気が高いのか。学生たちに尋ねると、ネットで見たアニメで日本が好きになった、日本文学に関心がある、あるいは、日本の大学に留学して経済や法律を学びたい、といった答えが返ってきた。卒業後に観光関係の仕事をしたいという学生もいた。観光地を訪れる日本人観光客に話しかけたりガイドを買って出たりして日本語の練習をする高校生たちも多いという。

サマルカンド外国語大学の日本語専攻の学生たちが集まってくれた

 ウズベキスタンはもともと、親日的な国だ。シベリアから送られた日本人抑留者が強制労働に従事したが、勤勉で礼儀正しいと好感をもって受け止められた。日本人が建設に参加したタシケントのナヴォイ劇場は地震でも壊れなかったと今も語りぐさだ。
 2000年代の初めにJICA専門家として滞在した市橋克哉・法学部教授によれば、当時NHKのドラマ「おしん」が放映されており、頑張って一代で財をなした主人公がウズベキスタンの女性に似ていると、とりわけ女性に大人気だったという。長幼の序を重んじ、皆で集まって仲良くお茶を飲むなど文化的にも似ていて親近感を持たれた。そんな古きよき時代のイメージの一方で、最先端技術の国でもある、それが相まって日本の好印象につながっているのでは、という。
 日本との交流では、1999年から2002年までの3年間ウズベキスタン大使を務めた中山恭子さんの功績も大きい。大蔵省(現財務省)出身の元官僚で、現在は参議院議員だ。自らの人脈を最大限に生かしてさまざまな分野での交流を進め、その名は今も語りつがれている。市橋さんが現地に赴いたのも、法務大臣や法科大学の学長から日本の法制度を参考にしたいといわれた中山さんが、知己をたどって名大に専門家派遣の要請をしたからだった。離任の際に後任に引き継いでくれたこともあって手続きが順調に進み、名大の法政国際教育協力センター(CALE)の第一号はウズベキスタンに開設されることになった。中山さんはまた、日本人墓地を整備したり、タシケントの中央公園などあちこちに桜を植樹したり、幅広く活動した。
 中山さんの貢献がなければ、日本とウズベキスタンの交流は今のような形になっていなかったかもしれない。大使という枢要のポストにあったわけだが、人一人、意思を持って動けば、状況は大きく変えられる。そんなことを改めて感じさせる。

世界遺産に登録されているサマルカンドのレギスタン広場

 さて、再びサマルカンド。ちょうど同じ頃から、外語大への日本語教師の派遣も始まっていたことになる。そうした中には天野浩教授の夫人である香寿美さんもおり、学生たちの熱意に応えていた。しかし、ウズベキスタンのCALEで日本語教育を担当する寺田友子・特任講師の報告によれば、日本人講師がいなくなったこともあり、日本語は「停滞状態」という。かわって、近年、進出が際立つのがまず中国。中国語コースを孔子学院が開設して合計10人の中国人講師がいる。大学全体で外国人講師は16人だから、その過半を占める。韓国も世宗大学から2人の講師が派遣されている。年間の留学者数も、中国20人、韓国10人に対し、日本は3,4人と少ない。予算難が背景にあると思われるが、学生たちの日本語熱を思えば、何とも残念な状況ではある。
 日本人講師派遣の要請に対し、名大としてできることには限界があるものの、ハブ大学として、今後の対応を検討することになった。
 同じ中央アジアでも、隣国カザフスタンは欧州志向が強く、サッカーでも欧州地区に入っているのに対し、ウズベキスタンはアジアとの結びつきが強く、日本への期待も大きい。資源国カザフスタンに対し、工業指向が強く、3000万人という人口もある。「そういう国を大切にしなければ」と中山さんはよく言っていたという。
 日本としてどう支援していくのか、その中で大学はどんな役割を果たしていくのか。そうした国家戦略こそが重要ではないか。

著者

辻 篤子(つじ あつこ)

1976年東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業。79年朝日新聞社入社、科学部、アエラ発行室、アメリカ総局などで科学を中心とした報道に携わり、2004〜13年、論説委員として科学技術や医療分野の社説を担当。11〜12年には書評委員も務めた。2016年10月から名古屋大学国際機構特任教授。

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