名大ウォッチ

新聞社で長く科学報道に携わってきたジャーナリストが、学内を歩きながら、
大学の今を自由な立場で綴っていきます。

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 世界大学ランキングに注目が集まっている。この秋の発表では、国内トップの東大は前年の39位から46位へと順位を下げ、新聞各紙には「過去最低」という見出しが躍った。10年前は17位、アジアでは首位だったが、今回はシンガポールや中国、香港の5大学に続く6位にとどまった。次の京大は91位から順位を上げて74位、続く阪大、東北大は201-250位、東工大251-300位、名大301-350位という結果だった。ちなみに、名大も10年前は国内では今回同様6位、世界112位だった。日本の大学にとっては不本意な結果だろう。
 だが、論文の数や引用に関するデータから見れば、日本の研究活動は1997年をピークに国際的なシェアが落ちてきている。大学への公的資金の減少は海外からも指摘され、また、国際化という点では欧米だけでなくアジア諸国の大学にも遅れをとっている。そうした状況を考えれば、日本の大学の地位が下がってきていることは、さほど驚くことではないかもしれない。
 こうした結果をどう受け止めるのか。そもそも大学ランキングとは何なのか。

名古屋大学は「世界屈指の研究大学」をめざしている。

 ここにあげたのは英国のタイムズ紙の別冊「高等教育」(THE)のランキングで、最も影響力が大きいとされ、2004年に始まった。同年開始のやはり英国のクアクアレリ・シモンズ社(QS)によるランキング、前年の2003年に上海交通大学が始めた世界大学学術ランキング(ARWU)と合わせて世界の三大ランキングと呼ばれるそうだ。この10年ほど、一般紙が取り上げるなど日本でも話題になり始めた。
こうしたランキングに対し、批判や疑問の声は多い。「多種多様な世界の大学を同じ尺度で数値化・序列化するランキングは、『妥当性も、厳密さも、意味のある価値もない』と批判されてきた」と石川真由美阪大教授は「世界大学ランキングと知の序列化」(京都大学学術出版会)で指摘し、「極端に単純化された指標による大学序列化は、日本のような非英語圏において特に大きな問題をはらむ」と批判する。
 苅谷剛彦 オックスフォード大教授も著書「オックスフォードからの警鐘」で、「英語圏の国々のマーケティング戦略に日本はまんまと巻き込まれている観が否めない」とする。教育のグローバル化というが、今世紀に入って急増しているのは中国からの留学生で、英国ではその受け入れが外貨獲得の手段として政府の重要政策として位置づけられた。その中で登場したのが大学ランキングであり、上位には米英の有力校がずらりと並んでいる。その「正体」をきちんとみないままの政策議論の危うさを強く警告している。政府が2013年、成長戦略の一環として「今後10年で100位以内に10校以上」という政策目標まで掲げたことなどは、まさにその例だろう。
 三大ランキングは、こうした留学生の主要な受け入れ側と出す側が担っており、その意味では目的ははっきりしている。だが、それ以外の国々にとっても、こうしたランキングは、大学を選び、選ばれる時の目安になる可能性があるとされる。日本の大学として無視するわけにはいかない、というのが実情のようだ。

 大学ランキングの分析を行っている名大の学術研究・産学官連携推進本部を訪ねた。THEのランキングについて、今年、昨年と「日本の大学の大きな順位変動はなかった」という概要報告をまとめている。一方、「日本の大学は軒並みランクが低下」としたのは2015年だ。政府が目標を掲げたばかりでもあり、「日本の大学のランクが低下」と大きなニュースになったことは記憶に新しい。東大がアジア1位でなくなった、200位以内の日本の大学は5校から2校に減った、などと騒がれた。報告では、「論文データが変わったことによるCitation(引用)スコアの大幅な低下が原因と推測される」としている。
 データの取り方が変われば、結果が変わってくるのは当然のことだ。同誌は発表に当たり、前年の結果と直接比較することは適当ではないとコメントしたが、やはり前年との比較で結果が一人歩きしたようだ。

 では、具体的に論文データがどう変わり、結果にどう影響したのか。
 THEが評価する際の各要素の配分は、教育、研究、論文の引用が30%ずつ、そして国際性が7.5%、産業界からの収入が2.5%となっている。論文の引用は、多く引用される論文ほど重要と見られることから、研究の質を図る指標とされている。教育と研究の内訳をみると、それぞれほぼ半分に当たる15%、18%が「評判」、つまり世界の数万人の研究者らにその分野で良いと思う大学を挙げてもらった結果だ。それぞれさらに細かく分かれた要素ごとにスコアをつけ、その集計で順位を決める。研究、とりわけ論文数の多い理系の研究の比重が高いことがわかる。人文社会科学系ではもっぱら評判調査によるが、どういうふうに扱われているかはブラックボックスだ。
 こうした評判を聞く調査では、欧米以外の大学は不利になりがちだ。ARWUは、評判調査のかわりに、在籍教員や卒業生によるノーベル賞やフィールズ賞などの著名な賞の受賞を教育や研究のレベルの判定に使っている。その結果、2015年の名大、2017年の東工大は前年のノーベル賞により順位を大きく上げた。しかし、いずれもかなり前の業績であり、特に後者の大隅良典栄誉教授は数年前に東工大に移ったばかりであり、現在の大学の実力を反映しているとは言えそうにない。

 2015年に変わったのはまず、引用数の元になる論文データベースだ。有力誌を中心に約12000誌を収めるトムソン・ロイター社から、より広く約22000誌が含まれるエルゼビア社のデータベースに変わり、日本語など英語以外の雑誌も入った。全体の論文数が増える一方で、引用データは英語中心にならざるを得ず、英語圏以外が不利になった可能性が指摘されている。また、引用数の集計の際に行われてきた地域別の補正、つまり欧米以外の国々への配慮も縮小された。一方、大規模な素粒子実験など著者が1000人以上いるような論文は除外された。なお、この点についてはさすがに批判が大きく、翌年、やり方を工夫して復活させることになった。
 こうしたさまざまな変更により、日本の大学はとりわけ引用数のスコアが大きく低下、それが30%と大きな比重を占めるため、全体の順位を下げたようだ。日本だけでなく、非英語圏での引用スコアの低下が著しかった。名大の全体の順位も前年の226-250位から301〜350位に下がった。
 実は、2010年にも、判断項目を6から13に増やし、論文引用を20%から32.5%に高めるなどの大きな変更があり、この時も、日本の大学は順位を大きく落とした。200位以内の大学も11校から5校に半減した。
 ちなみに、三大ランキングの一角、QSでは100位以内に東大、京大、東工大、阪大、東北大の5校が入り、名大はそれに次いで116位だ。基準の大きな変更はなく、日本の大学は近年、「全体的に順位は上昇または維持」となっている。改めていうまでもないが、大学の多様な活動をどう評価するかは物差し次第、評価にも多様性が必要だ。
 分析に当たった同本部のリサーチ・アドミニストレーターの堤良恵さんは「大切なのは、ランキングを上げるための対策ではなく、名大としてめざす研究力向上のための指標として使うこと」という。要は、個々のランキングの数値に振り回されないことだ。

 研究担当理事として大学ランキングに関わってきた國枝秀世名誉教授は、ランキングそのものの問題は認めつつ、「名大の教育と研究の質を正攻法で高めていく時の座標軸として、使えるものは使っていくということ」と話す。例えば、海外への留学生を増やすなど重要と考える点では、関連する数値の改善をめざす。かといって、指標に振り回されるのではなく、研究面では、海外の一流大学と共同で学位を出す取り組みを広げるなど正攻法の取り組みで、本当の意味の共同研究ができる関係を築くことに力を入れたいという。国際共著論文を増やす必要性が言われているが、こうした関係の中から結果的に共著論文が増えてくるのが本来あるべき姿だろう。
 国際的な活動を広げ、外から見えるようにすることも重要だ。名大の全学的な学術組織、いわばアカデミーとして2002年に設立された高等研究院は、世界で30余りの大学付属高等研究院が加盟する国際組織の幹事メンバーとして活動している。その総会が11月末、名大で開かれ、各国からトップが集まった。こうした活動を通じて名大を知ってもらうことが、長い目で見れば国際的な存在感を高め、研究や教育の面でも波及効果があるはずと篠原久典院長は話す。

豊田工業大学にある豊田佐吉像。「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」という言葉を建学の理念に、1981年に全国初の社会人大学として開学した。95年には博士課程も設置された(名古屋市天白区)。

 ランキングに惑わされない。そんな見識を示した大学がある。豊田工業大学だ。学部の1年生は全員寮生活をし、人間性を養うとともに実践的な工学教育にも力を入れるユニークな大学である。2016年のTHEランキングで初登場、しかも国内で名大に次ぐ7位、全体でも351-400位だったことから注目された。論文の引用度が極めて高く、それが順位を押し上げたようだ。同大の姉妹校には、情報分野で強みを持つシカゴ校があり、論文データベースに含まれたシカゴ校の論文が寄与した可能性があるという。これに対し、榊裕之学長は「教育には力を注ぎ、成果を上げつつあると思うが、研究面ではまだこれから」と話し、ランキングに振り回されたくないと、次の年はデータの提供を取りやめた。その結果、2017年は一転、姿を消した。今後は、例えば何年かおきに参加するなど、一つの指標として利用することを検討してみたいという。

 最後に、数字を冷静に見る、という観点からある研究を紹介したい。今や、論文数でも引用度の高い論文数でもすでに米国に次ぐ2位となるなど存在感を示している中国の論文に関するものだ。トムソン・ロイター社がリストアップした被引用回数の多い論文の著者3000人のうち、中国の研究者は115人で、日本の79人を上回る。先に述べたように引用度はTHE大学ランキングで大きな比重を占め、THEでは今年、北京大が27位、清華大が30位と日本の大学をしのいだ。いずれも引用の数値が日本の大学を上回っている。

 中国の研究が力をつけてきていることは誰もが認めるところだが、引用に関する数字は、専門家の見解とは隔たりがあるのではないか。科学技術振興機構の林幸秀上席フェローらはそう考えて、引用度と研究の質との関係を調べることを試みた。これらの研究者について、日本の専門家による評価を聞き、またノーベル賞を初めとする国際賞や国際的な学会賞の受賞歴を調べた。その結果、国際学会などの賞を受けたのは、日本では79人のうち31人だったのに対し、中国では115人のうち7人、また、専門家が世界でトップレベルの研究者と認定したのは中国では8人にとどまった。
 こうした結果から、林さんは、引用の多さが必ずしも研究の質の高さを意味しない可能性があるとする。引用が増える要因として、中国では成果主義が徹底しており、できるだけ多くの論文を書いて互いに引用し合うことが多く、またそれが奨励されていることがあるのでは、という。
 林さんは、定量的な分析ではないなど調査の限界は認めつつ、数字は冷静に見る必要があるのではないかと話している。

 たかがランキング、されどランキング。数字に振り回されずに付き合って行くしかない。「こうした評価が避けられない以上、複数にすることだ」と語っていたのは、物理学者の佐藤文隆京大名誉教授だ。ランキングは民間の会社などによっていわばビジネスとして行われていることも多く、それぞれ特徴があり、思惑もある。大学の多様な活動、とりわけ人文社会系も含めてそれをどう評価し、社会に示していくのか。そのための努力もまた、求められている。
 そしてもう一つ、冒頭でも触れたが、日本の大学のランキングが振るわない背景には、日本の論文シェアの長期低落傾向がある。それは大学の研究現場のあり方と直結している。そこにしっかりと目を向けて手を打つこと。それは、個々のランキング対策より、はるかに困難だが、何より求められていると思う。

著者

辻 篤子(つじ あつこ)

1976年東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業。79年朝日新聞社入社、科学部、アエラ発行室、アメリカ総局などで科学を中心とした報道に携わり、2004〜13年、論説委員として科学技術や医療分野の社説を担当。11〜12年には書評委員も務めた。2016年10月から名古屋大学国際機構特任教授。

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