名大ウォッチ

新聞社で長く科学報道に携わってきたジャーナリストが、学内を歩きながら、
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 IEEE(アイ・トリプル・イー)は、160カ国以上に42万人の会員を抱え、技術の世界では知らない人のいない、世界最大の学会である。電気電子学会(The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc.)の頭文字をとったものだが、今や電気工学と電子工学を大きく超え、コンピューター科学から物理学、バイオなども含むため、この略称が正式名称として使われている。米国に本部があり、おなじみのWiFiを始めとするさまざまな規格を定め、専門誌を数多く発行するなど、世界で大きな影響力を持っている。その会長に、アジアから初めて、名古屋大学の福田敏男名誉教授が選ばれた。ロボット工学分野のパイオニアであると同時に、IEEEを始め海外での活動経験も長く、幅広い人脈を持つ。「型破りの活躍ぶり」は多くの人々が認めるところだ。まさに、名大のモットー、自由闊達を地でいく。大差での当選が、世界からの大きな期待を物語っている。

 福田さんは早稲田大学で機械工学を学んだ後、東京大学生産技術研究所(生研)で学位を取得した。指導教官の柴田碧教授は進取の精神に富み、今に生きる研究者としての基礎を学んだという。「されどわれらが日々」で知られる作家の柴田翔さんの兄である。その後、国内外の大学や研究所を経て、1989年に名大工学部教授になった。名大での研究と教育に約四半世紀、定年退職後の2013年からは名城大学教授と北京理工大学教授を務めている。一口にロボット工学といってもその研究対象は幅広く、極微のナノスケールから宇宙の大規模システムまで、また、サルのロボットから医療・福祉ロボットまで、大きさも機能もさまざまだ。
 「ロボット研究は自分で想像して、自分で創造するものなので、いろいろ考えることができる」と語っているが、例えば、昼休みに遊んでいたお堀で捕まえたツリガネムシなどの小さな微生物を顕微鏡で見て、それをとらえるためのロボットハンドを作った。それが、小さな物体を操作するマイクロマニピュレータの研究に発展し、血管内手術のシミュレーション用のロボットなどにつながる一方、さらに小さくなってナノの世界のセンサーやデバイスなどナノテクノロジーともなった。また、恐竜の歩き方の話を聞いてサルの枝渡りに関心を持ち、枝渡りをするロボットを作った。これは、学習や制御を研究する素材となったが、動きの面白さで世界的にも知られた。複数が集まって1台のロボットとして働く群ロボットもある。

福田敏男名大名誉教授。富山県生まれで、国際学会を企画した時は、富山の薬売りのように欧米の大学を自ら回って参加を頼んだという。

 国際的に活動が広がる大きなきっかけは、恩師の柴田さんの紹介で、ロボット工学の先駆者でIEEEを中心に国際的に活躍していた生研の原島文雄教授を訪ねたことだった。福田さんたちが進めていたロボットのシステムデザイン的な研究は日本独自のユニークなものだったが、80年代当時日本のロボット研究の主流は産業用ロボットであり、また、米国での研究の主流とも違っていたために、なかなか発表の機会がなかった。こうした日本発の研究を発表できる場をなんとか作りたいと思っていたとき、原島さんに「それなら自分で国際会議を開けばいい」といわれた。原島さんに連れられて香港でのIEEE傘下の学会に参加していた時のことだ。当時まだ30代、大変驚いたが、「IEEEでは年齢に関係なく、やりたい者がやるのが流儀」とさらりと言われた。
 米国を中心に、有力研究者を訪ね歩いて参加を求め、翌88年、IEEEと日本ロボット学会との共催で、初めてのインテリジェント・ロボット・システム国際会議(IROS)を、助教授を務めていた東京理科大で開催した。この会議は世界でトップの知能ロボットの国際会議となり、1000人以上の参加者を集めるまでになっている。
 これを機に、IEEEでの活動はさらに広がった。傘下のロボティクス・オートメーション学会の会長を米国以外から初めて務めるなど、要職に就くことも増えてきた。「IEEEでは、人種、所属、年齢、性別に関係なく、新しい考えを持ったら他人任せにせず、自分でやり、相手を納得させることにより何でもできる構図であることを学んだ」という。
 そしてついに、頂点に立つことになったのだ。

 IEEEの始まりは1884年、電気技術者がニューヨークに集まって作った米電気工学者協会だ。電気が社会を変革しつつあったころで、トーマス・エジソンやグラハム・ベルらが参加していた。一方、20世紀になって無線通信の技術者が無線工学者協会を設立、電子技術へと領域を広げていった。1963年に双方が合併し、電気電子学会となった。当時の会員は15万人で、14万人が米国在住だった。IEEEと呼ばれる今日、約42万人の会員の半分以上が海外だ。技術の進歩によって人類に貢献することを目的としてうたっている。
 年間予算480億円という巨大組織であり、その収入の7〜8割は約200の専門誌の発行や1800を超える会議の開催などによってもたらされ、それによってさまざまな活動を展開している。1300以上の技術規格を定め、さらに600以上の規格を作成中という。ニューヨークにある本部には1200人の職員がいる。
 この秋に行われた会長選には3人が立候補した。福田さん以外は、理事会が推薦した。福田さんは推薦が得られず、会員からの署名を一定数集めて、請願による立候補だった。「会員を増やし、IEEEをすべての会員にとって「家庭」のように居心地のいい場所にしたい」とし、財務の透明性の向上、会費の見直しなどを抱負として掲げた。
 インターネットによる投票で、20865票でトップになった。2位とは5000票以上の大差だった。本部の幹部と会員から選ばれた役員との間で路線をめぐる対立があり、福田さんが会員重視を明確に打ち出したことなどで支持が広がったこともあるという。
 米国以外からの会長としては、過去にブラジル人が1人いるだけだが、日本や韓国、台湾、中国などアジア諸国がエレクトロニクス分野などで存在感を高める中、アジアから初の会長を出す機運が熟してきたこともありそうだ。

 それにしても、快挙である。
 豊田工業大学の榊裕之学長は「教育研究に熱心であることと巨大学会の運営に関わることは両立しにくいので、どちらかを選択するのが普通だが、福田先生は、非凡な意欲とエネルギーでこの壁を乗り越えてきた稀有な人物」と称える。
 
現在は科学技術振興機構理事長を務める名大の濵口道成前総長は、「とにかく世界を飛び回っているので、大学より仁川空港で会う方が多いくらい」と笑うが、研究者を見る目の確かさ、いわゆる目利きとしての力に敬服したことがあるという。全学から若い研究者を選ぶ委員会で、プレゼンを聞いて判断した結果、ほぼ福田さんが評価した通りの結果になったという。
 そうして育ててきた研究室出身の博士が今年、101人になったとうれしそうだ。私が研究室を訪ねた際、真っ先に見せてくれたのが、博士たちの顔がぐるりと曼荼羅のように並んだ一枚の図だった。

福田研究室の博士たちの顔が、中から外へ、渦巻状にずらりと並んでいる。

 今回のIEEEの一連の選挙でもう一人、アジアから初めて選ばれた人がいる。やはりロボット工学者の小菅一弘・東北大教授だ。IEEEの中で最も重要な技術分野を統括する副会長に当選した。
 実は小菅さんもかつて名大の福田研究室の助教授だった。出身は東工大だが、90年に名大にきたことが、小菅さんにとっても転機となった。直前までいたMITの研究室では、研究者は学会活動などやるものではないという雰囲気だったこともあり、ほとんど関心がなかったのだが、福田さんのもとでIEEEを中心とする国際的な学会活動にどんどん巻き込まれ、その面白さ、深さに気づいたという。背景も考え方も違う人々が集まったグローバルな組織で、いかに合意形成され、物事が決まっていくのか。グローバルとはどういうことかを学び、視野が広がったという。
 名大では産業界との交流も活発で面白かったというが、5年後、東北大から教授にという誘いがあり、より自由に研究したいと移った。
 その後も、福田さんの後を追うように、IEEEでの活動を広げた。傘下の学会の会長も務め、そこで会員数を大幅に増やすなどの実績を挙げ、今回、副会長候補に推薦されたという。

小菅一弘・東北大工学部教授は、人と協調するパートナーロボットの開発に力を入れている。その一つ、ダンスロボットは愛知万博で華麗なダンスを披露した。

 IEEEでの活動のパイオニアであり、かつて行き詰まりを感じて訪ねてきた福田さんに「海外に出ろ」と説いた原島さんは「過去40年以上、IEEEの活動の中で悪戦苦闘、あるいは楽しんできた甲斐があった。今後、彼らは世界の電気電子工学のリーダーとして活躍してくれるはず」と、同じロボットの研究グループから会長、そして主要副会長の2人が選ばれたことを喜んでいる。「日本の科学技術の質の低下が言われるが、彼らのように国際的に共通な価値基準を身につけた人材はきちんと活躍している。科研費の額や政府の委員など、国内だけで通用するような価値基準が変わっていけば、日本も大丈夫。ただ、このままでは本当に世界から取り残されてしまう」と話す。

 福田さん、小菅さんは2019年、それぞれ、次期会長、次期副会長となり、20年がいよいよ本番だ。任期は1年、福田さんは、途上国などは会費を下げるほか、産業界や若手、女性の会員を増やし、会員を倍増させて100万人をめざしたいという。日本も含め、世界的にさまざまな分野で学会の会員が減る傾向にあり、学会の役割が問い直されている現在、大胆な目標だ。しかし、福田さんは、会員が地域ごとに顔を合わせて交流することでそれぞれが高め合う、そんな場にしたいという。IEEEの蓄積を生かすIEEE大学の創設もめざしている。
 小菅さんも、多くの会員が参加して活動が活発になり、IEEEがミッションとして掲げる「人類のための技術」に貢献できるような環境作りを進めたいと話す。日本の若者に向けては、グローバルに活動することで、日本の良さや欠点がわかり、客観的に物事の判断ができるようになるので、ぜひ続いて欲しいと呼びかける。
 かつては名大の同じ研究室の教授と助教授だった2人がそろって世界の技術のリーダーになる。その活躍を大いに期待したい。

著者

辻 篤子(つじ あつこ)

1976年東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業。79年朝日新聞社入社、科学部、アエラ発行室、アメリカ総局などで科学を中心とした報道に携わり、2004〜13年、論説委員として科学技術や医療分野の社説を担当。11〜12年には書評委員も務めた。2016年10月から名古屋大学国際機構特任教授。

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