名大ウォッチ

新聞社で長く科学報道に携わってきたジャーナリストが、学内を歩きながら、
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2019年06月06日

「はやぶさ2」と大学

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」が6月末にも、小惑星リュウグウへの2度めのタッチダウンに挑戦する。リュウグウは直径1kmほどの小さな天体で、現在は地球から約2.7億km、電波が往復するのに約30分もかかる遠方にある。はやぶさ2は1mそこそこの本体に太陽電池パネルを広げ、約3年半の旅を経て2018年6月末にリュウグウに到達した。その小さな身体が背負うのは、私たちのルーツを太陽系の起源にさかのぼって解き明かそうという科学者たちの大きな夢だ。ハラハラドキドキの帰還劇が大きな関心を呼んだ兄貴分の初代「はやぶさ」の経験を経て、今回はいよいよ、本格的な科学探査に挑む。そのためにはやぶさ2の科学チームには全国の大学から約300人の研究者が結集している。プロジェクト・サイエンティストとしてチーム全体をまとめる大役を担うのは、名古屋大学環境学研究科の渡邊誠一郎教授だ。着陸地点の選定に重要な役割を果たした諸田智克講師(5月から東大理学部准教授)とともに4月末、名大で記者会見し、「複雑で難しいミッションだが、多くの大学の研究者が協力して取り組み、驚くような発見もあるなど科学的な成果がすでに上がりつつある」と話した。はやぶさ2の活躍を支える大学チームに注目したい。

 はやぶさ2の模型を手にする渡邊誠一郎教授(左)とリュウグウの模型を手にする諸田智克講師(現東大准教授)

 小惑星は火星と木星の間の軌道を回っている無数の小さな天体である。地球などの大きな天体は内部が熱で溶けてしまったのに対し、小惑星は誕生したときの状態をそのまま保っていると考えられている。いわば、約45億年前に太陽系ができた時の痕跡をとどめる太陽系の化石なのだ。いったいどんな天体なのか、探査機を送り込んで調べるとともに、その岩石を持ち帰って分析し、太陽系の起源に迫る。それが小惑星探査の目的だ。
 初代はやぶさは、まず小惑星に到達し、表面を探査するとともにサンプルを採取して持ち帰る、そのための技術を実証するのが最大の目的だった。小惑星イトカワに着陸した後に離陸するという世界初を達成したものの、イトカワ表面での探査はうまくいかず、地球への帰途についたが、一時通信が途絶えて行方不明になったりエンジンが故障したり、絶望的とも言える状況に陥った。しかし、こうした困難を次々に克服して、見事に地球への帰還を果たした。イトカワの微粒子が入ったカプセルを切り離して地上に送り届け、自らは大気圏に突入して燃え尽きるという劇的な結末もあって多くの人の感動を呼び、3本の映画が作られるほどの盛り上がりを見せた。 
 トラブルもなく、すんなり地球に帰還していれば、これほど注目されることもなかったかもしれない。ちょっと皮肉な結果ではある。

 今回はこれまでのところ、ほぼ計画通りに進んでいる。
 記者会見に同席した、はやぶさ2ミッションマネージャを務めるJAXAの吉川真准教授は「一番苦労したのは?」との質問に、「予算獲得までが一番苦しかった」と答えた。はやぶさがサンプル採取のための弾丸発射に失敗したことなどが響いて難航し、帰還を果たしたことでやっと認められたのだ。予算を得てスタートしてからはきわめて順調ということだろう。吉川さんは昨年12月、タッチダウンなどの山場を前に、英科学誌ネイチャーの今年の10人に選ばれている。
 まず、今年2月、最初のタッチダウンが行われ、表面に着地した際に計画通り弾丸を発射、砕かれた岩石をカプセルに収めることにも成功したと見られる。さらに、リュウグウの内部を調べるために、4月には衝突装置で銅球をぶつけて表面を破壊、人工クレーターを作ることにも世界で初めて成功した。2度めのタッチダウンはこのクレーター周辺をめざしており、うまくいけば、衝突で露出した内部の岩石を採取できると期待されている。
 このほか、飛び跳ねながら移動する小型の探査ロボット「ミネルバ2」や、ドイツとフランスが共同で製作した小型着陸機「マスコット」も本体から切り離して、予定通りリュウグウ表面に着陸させた。マスコットはさまざまな観測装置を備えており、表面の様子を調べてはやぶさ2の着陸場所を決めるのにも貢献した。
 非常に意欲的な探査計画と言っていい。実は、はやぶさ2の予算が正式に決まる前から、惑星科学の研究者コミュニティーでどのように探査するか、議論を進めてきたという。これまでの探査はJAXAが中心になって行い、大学の研究者は観測機器を開発するなど個人的なかかわりにとどまっていたが、今回は初めて、本格的な科学ミッションとしてコミュニティーをあげて取り組んだ。

記者会見で紹介された小惑星リュウグウ(左)とべヌー。リュウグウはソロバン玉のような形をしている。

 探査する小惑星としてリュウグウを選んだのも、炭素や水を含むC型と呼ばれるタイプの小惑星だからだ。有機物の元になる炭素や水など、生物に欠かせない物質は、隕石などの形で地球に降り注いだと考えられている。地球に落ちてきた隕石の多くも約45億年前にできたもので、小惑星が壊れて落ちてきたと考えられている。つまり、小惑星を詳しく調べることは、地球の生命の起源を45億年前にさかのぼって知ることにつながる。小惑星のカケラを手にし、さらに衝突実験で内部の強度を調べることで、有機物や水が宇宙空間にどのように存在し、それがどのようにして地球に届いたのかを探る、それが今回の探査の大きな目的である。
 これまでの観測で、リュウグウは母天体が壊れた時の破片が集まってでき、高速で回転してソロバン玉のようなコマ型になったことがわかり、研究者たちを驚かせた。その組成もかなり明らかになった一方で、謎も深まった。「サンプルを分析するのが楽しみ」と渡邊さんははやぶさ2が持ち帰る岩石に期待する。
 一方、はやぶさ2の2年後に打ち上げられた米航空宇宙局(NASA)の小惑星探査機オシリス・レックスも、同じC型の小惑星べヌーを探査対象として選んだ。大きさはリュウグウの半分ほど。これまでの観測で、二つの小惑星は密度がほとんど同じであるなどよく似ているという、実に興味深い結果が出ている。共通点と相違点を調べ、それをもたらしたものは何かを探る。同じタイプの物を複数観測することの意味は大きい。「1+1」が2以上になる成果が上がるに違いない。

 そのNASAや、小型着陸機を担当した独仏などとのこれまでにない密な協力も今回の探査の特徴だ。ブラックホールの観測もそうだったが、大きな謎に挑むには国際的な連携が欠かせない。
 NASAに協力を求められたテーマの一つは、着陸だ。現地に行って詳しく調べなければ、どこに安全に着陸できるかはわからない。アポロ11号のアームストロング船長を描いた映画「ファーストマン」でも、月面に到達したものの着陸に適した場所がなかなか見つからず、燃料切れギリギリになってようやく適地を見つけて着陸した様子が描かれている。
 リュウグウも行ってみれば表面はゴツゴツで、津田雄一・プロジェクトマネージャは「いよいよリュウグウが牙をむいてきた」と話し、予定されていた着陸はいったん延期された。
 ゴツゴツの表面で、安全に降りられる場所はあるのか。その選定で中心的な役割を果たしたのが諸田さんだ。光学航法カメラチームの副主任である。目標として選ばれた半径3mの範囲にある約400個の岩のすべてについて、影の長さから高さを割り出した。はやぶさ2の足が引っかからないために65cm以上の岩があってはならない。諸田さんが割り出したのは、高さ52cmの岩の近くの場所だった。数cmの誤差はむろんある。そして、「20km上空から甲子園球場のマウンドに降りる」ほどの精度で、はやぶさ2は無事着陸した。写真を見ると、足のすぐ隣に、三途の岩と名付けた52cmの岩が映っていた。「見積もりは正しかったと、ほっとしました」と諸田さんはいう。
 それにしても、2.7億kmかなたの数cm、その対比には改めて驚かされる。

 そんなはやぶさ2の活躍を見るにつけ、かつての不明を恥じなければならないと思う。2001年、あるアマチュア天文家が見つけた小惑星に私の名前がついた。小惑星8414番「アツコ」である。それを面白がった上司の指示で、「星になった私」という記事を新聞の科学面に書き、「いずれNASAの探査機が訪問してくれる日を楽しみに待ちたい」と結んだ。当時、惑星探査といえば、なんといってもボイジャー計画に代表されるようにNASAだった。NEARと名付けられた小惑星探査機も1996年に打ち上げられていた。
 はやぶさが打ち上げられるのはそれからまもない03年のことだ。そして、JAXAの小惑星探査機は今や、NASAに先駆け、頼られる存在になった。
 私は2000年初めまでの3年間、科学担当の特派員としてワシントンに駐在していた。ボイジャーのような従来のいわば重厚長大の計画に対し、当時のNASAのゴールディン長官が新方針として打ち出したのが「Faster, Better, Cheaper」だった。小型の安価な探査機や科学衛星を素早く打ち上げる。ディスカバリーと名付けられた一連の計画のトップバッターがNEARだった。
 このいわば「早い、うまい、安い」のモデルとされたのが、宇宙科学研究所(ISAS、現JAXA)の科学衛星や探査だった。予算の制約から研究者が設計も観測も手がけ、比較的安価なX線観測衛星などで大きな成果を上げていた。 

 それから約20年、大きく成長したはやぶさ2に世界の目が集まる。諸田さんたちは再び、クレーター周辺の着陸地点を探っている。はやぶさ2は7月初めまでにタッチダウンを行い、今年末には1年半滞在したリュウグウに別れを告げる。地球への帰還は20年末である。「想像以上に面白い天体」と諸田さんがいうリュウグウの素顔が明らかになる日を、そしていつの日か、小惑星アツコをJAXAの探査機が訪問してくれる日を楽しみに待ちたい。

著者

辻 篤子(つじ あつこ)

1976年東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業。79年朝日新聞社入社、科学部、アエラ発行室、アメリカ総局などで科学を中心とした報道に携わり、2004〜13年、論説委員として科学技術や医療分野の社説を担当。11〜12年には書評委員も務めた。2016年10月から名古屋大学国際機構特任教授。

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